並河靖之・濤川惣助の作品集 ~七宝焼きの東西ライバル!~

京都の並河靖之、東京の濤川惣助。明治の七宝焼きをリードした2人のナミカワの作品を大きめサイズで並べてみる!

並河靖之

基本的に年代順。

By Daderot (Own work) [CC0], via Wikimedia Commons

By Namikawa Yasuyuki (Japan, 1845-1927) [Public domain], via Wikimedia Commons

By Namikawa Yasuyuki (Japan, 1845-1927) [Public domain], via Wikimedia Commons

By Namikawa Yasuyuki (Japan, 1845-1927) [Public domain], via Wikimedia Commons

By Wmpearl (Own work) [CC0], via Wikimedia Commons

By Wmpearl (Own work) [CC0], via Wikimedia Commons

By Wmpearl (Own work) [CC0], via Wikimedia Commons

By Wmpearl (Own work) [CC0], via Wikimedia Commons

By Wmpearl (Own work) [CC0], via Wikimedia Commons

By Wmpearl (Own work) [CC0], via Wikimedia Commons

By Wmpearl (Own work) [CC0], via Wikimedia Commons

By Wmpearl (Own work) [CC0], via Wikimedia Commons

By Wmpearl (Own work) [CC0], via Wikimedia Commons

By Wmpearl (Own work) [CC0], via Wikimedia Commons

 

濤川惣助

By Wmpearl (Own work) [CC0], via Wikimedia Commons

Walters Art Museum [CC BY-SA 3.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0) , via Wikimedia Commons

Walters Art Museum [CC BY-SA 3.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0, via Wikimedia Commons

By Daderot (Own work) [CC0], via Wikimedia Commons

By Gryffindor (Own work) [CC BY-SA 4.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0)], via Wikimedia Commons

Walters Art Museum [CC BY-SA 3.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0) , via Wikimedia Commons

2人のナミカワ

並河 靖之(なみかわ やすゆき)(1845年10月1日-1927年5月24日)は、日本の七宝家。明治期の日本を代表する七宝家の1人で、京都を中心に活躍。

色にこだわり有線七宝を極めたと言われます。確かに、背景の黒と鮮やかな色彩が映えますね。

対して、濤川 惣助(なみかわ そうすけ)(1847年-1910年2月9日)は、東京を中心にして活躍。無線七宝による柔らかい絵画的表現を特色とし、並河靖之と共に「2人のナミカワ」と並び評されました。

2人はお互いを意識していたライバル。同じ発音のライバルとは、歴史って面白いですね(笑)

そもそも七宝焼きとは、金属工芸の一種。金属製の下地の上に釉薬(鉱物質の微粉末を水とノリでペースト状にしたもの)を乗せて摂氏800度前後の高温で焼成することにより、融けた釉薬によるガラス状の美しい焼き物が出来上がります。

七宝の色は絵具ではなく高温で溶けた鉱物だってこと。

並河靖之の「有線七宝」は下絵に金属の仕切り板を置き、そこに釉薬を流しこんで焼き上げる手法。輪郭線がしっかり見えて、はっきりくっきりした印象。

By Namikawa Yasuyuki (Japan, 1845-1927) [Public domain], via Wikimedia Commons

右下から始まり、左上が完成形。

濤川惣助の「無線七宝」の場合は、焼く前に金属の仕切り板を抜き取ります。もちろん抜くときに絵が崩れてしまう可能性があるので細心の注意が必要。濤川惣助が発明したオリジナルの技法で、輪郭線のない筆で書いたような柔らかい表現が生まれます。

明治時代の七宝焼きは重要な輸出産業でした。まだ技術力が低かった日本は大規模な工業製品の輸出では利益が出せず、代わりに手作業の美術品・工芸品を売っていたのです。

日本の芸術は欧米でも高く評価され人気があったので立派な輸出品として成立していました。なので、明治期の美術工芸品は日本国内に残っている数が少なく現代日本での知名度も低くなっています。すごい作品が色々とあるのに、もったいない話。

そして、当時の七宝焼き職人も今の芸術家とはちょっと立ち位置が違いますね。2人は最高級の栄誉である「帝室技芸員」にも認定され、国にとっての重要人物でもあったのです。輸出産業のトップなので、ある意味では大企業の社長みたいなものでしょうか?

しかし、大正期に入ると人件費の高騰・物価高・外国人観光客の減少から七宝焼きは輸出量が激減。販売高の9割が外国需要とも言われた七宝焼き業界は大打撃を受けてしまいます。世の中、何が起こるか分かりませんねぇ。

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