ファンタジー要素なし! 青春! お仕事もの!
〇=特に管理人のお気に入り
青春
主人公が学生の物語。
完結
エボリューション・アイランズ!
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166,801文字
舞台は長崎県の五島列島。小学5年生の少年「レン」は、実家の民宿を手伝っている。そんなある日、都会から不思議な青年がやってきた。どうやら少し訳ありのようで……? 方言たっぷりで進行する、五島列島の観光物語と人々の出会い。
作者さまのすばらしい地元愛が強烈に伝わってくる! キャラの会話が方言なのがとっても魅力的。読んでいるだけでも五島列島の空気が感じられる、見事な描写。「自然」「田舎」といった視点だけじゃなく、「電気自動車」「新技術」などもテーマにしていて故郷への現実的かつ未来志向の想いが胸を打ちます。
ネタバレありの感想
「水がキレイかけん、久賀の米はおいしかと。久賀にじいちゃん家がある友達が、夏休みに稲刈りするって言いよったよ」
「なるほど。学校のそばを通ったとき、子どもたちから勢いよくあいさつされた。広くてプールもある立派な学校なのに、小学校と中学校がワンセットになってる。しかも、子どもの数は、両手の指で数えられる程度なんだってな」
「うん。久小は、めちゃくちゃ少なかと。五島市の音楽会とか陸上大会とか、全員がすごく目立たんばいかんけん、大変そうやった」
方言! いいですねぇ。標準語の小説ばっかりなので、これだけで超新鮮! すばらしい個性です。読んでいて楽しい!
都会からやってきたキャラたちは標準語を放すので、だいたい標準語と方言が50:50ぐらいの比率。方言ばっかりで読みにくい、って問題もない見事なバランス。
そして、会話以外でも五島列島の雰囲気が伝わってくる見事な描写。
食事シーンは毎回おいしそう!
ヒラスの切り身は、かすかに紅色がかって透すき通っている。やや時期から外れるものの、脂あぶらが乗って、ツヤツヤだ。七十センチメートルほどの、天然のヒラスだった。
五島列島の魚は、素そ朴ぼくなあっさり味だ。身が引きしまっている。真っ赤なマグロや冬場のブリのようなネットリとした濃のう厚こうさはない。
テレビのグルメ番組で「魚は、低温保存でうまみを熟成させた刺身がいちばんおいしい」と言っていたが、五島列島では、そんな殿さまみたいな食べ方をしない。水揚げしたその場で〆しめて、すぐに食べる。
お腹が減ります……食べてみたいですなぁ。
そして、未来志向なのがグッと来ます。タイトルからして「エボリューション・アイランズ!」=「進化する列島」ですもんね。
古き良き日本の伝統が残る観光地、という都会人の妄想ではない。むしろ自然と調和しつつも世界最先端の技術を取り込んで発展していって欲しい、という切実な希望。どうにか人口が維持されて欲しいし生活は便利になって欲しい。地元民だからこその気持ちでしょう。
印象に残るセリフがありまして
ユーチューブやったら、五島も東京も同じごと見られるけん
そうなんですよねぇ。田舎だからこそITなどの新技術の恩恵は多いのかもしれない。地方にこそ新時代が必要、リアルな視点です。
ミニ四駆の深い描写、主人公がヒロインに寄せる淡い恋心のドキドキ、都会からやってきた青年の再生……人間ドラマとしても上質。
しかし、文章量と比べると物語の進行は遅め。観光シーンの描写が長く「主人公は五島列島そのもの」という雰囲気ですね。
地元愛がつまった、実に読後感が良い1作。
東京グレイハッカーズ
東京グレイハッカーズ(下村智恵理) - カクヨム
まずはクラス全員の裏アカを特定することにした。
155,609文字
時は西暦2026年。主人公「羽原紅子」は16歳の誕生日に、開発者である父親からSNSのバックドアツールを渡される。試しにクラスメイトたちの裏アカウントを探ってみると、そこには多くの謎と犯罪が隠されていた。違法な手段で悪人と戦うグレーな日々が始まる。
SNSの裏アカウント・ハッキングできる監視カメラなどなど、出てくる題材がリアル。また主人公たちは天才的なダークーヒーローというわけじゃなく、弱さも限界もある高校生で親近感が持てる。
ネタバレありの感想
Twitterを元にしてるっぽいオリジナルSNS「WIRE」の仕組み・利用法も丁寧に設定されてて本格的です。
同級生たちの名前を入力すれば、いともたやすく次から次へと裏アカウントが出てくる。WIREのアカウント登録には姓名と携帯電話番号が必要だが、いずれも公開されない。本人確認書類などは要求しないため、偽名を使っても構わないのだが、悪知恵とネットリテラシーの足りない高校生たちは素直に正副両方で本名を用いていた。WIREの仕様として、アカウントの複数取得は特に制限されていなかった。
まず、街の中にあるハッキング容易な監視カメラをマッピングすることから始めた。
少し調べると、ネットワーク上から容易に不正アクセス可能な監視カメラを世界中から無差別に収集した、覗き魔御用達のウェブサイトを見つけることができた。そこから地域で絞り込みをかけると、烏丘高校の通学エリア内だけで三〇近い数のカメラがいつでもどこでも、ネットワークに繋がる端末さえあれば、プロテクトなしで覗き見できることが明らかになった。
実際にマジでありそうなことが色々と出てきて面白いんだけど微妙に笑えない……!
作者さまは確かな知識を持っているのでしょう、IT・メカ周りの描写に説得力があります。次にどんなものが登場するのかワクワクドキドキ。
また、他人の世界をのぞき見できる優越感・見つけてしまった犯罪を止めなければという正義感、ここら辺の心理描写も上手い。
そして、主人公「羽原紅子」は有能だし大人びてるんだけど、しょせんは16歳の女子高生なんですよねぇ。暴力的な男にはビビってしまう。描写に現実味のある、実に良いキャラしてます。
あと、敵が有能なのも印象的。売春の元締め2人も現場で待ち伏せしてくるし、いじめのリーダーは音声証拠を潰しにくる賢さ。有能ですわ。
終わり方はかなりビター。さわやかではない灰色の結末と言えそう。しかし、個人的には好きですね。テーマ的にも明るい大勝利は似合わないでしょうし。そして寝取られるのが現実味ありすぎて辛い……しょせん男は明るい美少女に弱いのか。
最終話のセリフ
「私の敗因はひとつ。コアテクノロジーのアウトソーシングで競争力を失ったことだ。故に、今度は完全内製だ」
これも適切すぎて見事。借り物だとね~、制約がいろいろと。
全体を通して現実的、だからこその迫力がある作品です。
縦走ガールズ
縦走ガールズ(アルキメイトツカサ) - カクヨム
2003年、熊野。縦走競技の優勝目指し、弱小山岳部は奮闘する!
133,585文字
和歌山県新宮市――高校に入学した主人公は、幼馴染に誘われ山岳部に入部する。そこで待っていたのは山岳部の「大会」であった! 登山コースの踏破はもちろん、読図、天気図作成、炊事にテント設営!? 努力と準備、はたして望む結果は出せるのか。
山岳部の大会、スポーツものとして珍しい題材で新鮮では。分かりやすく書かれているので知識が無くても問題なく楽しめる内容。今まで知らなかった世界を知るのは楽しい! 登山シーンは自然の描写も美しく爽快感あり。
また「和歌山」もテーマであり、地域の山にまつわる文化・歴史などの豆知識も多数。作者さまの地元愛を感じますね。
ネタバレありの感想
登山に競技があることを言うと、十人中九人くらいが顔を顰めるだろう。
ただ、好きに山を登って、キャンプして、手料理を食べるくらいにしか思われていないだろう。
甲子園出場を賭けて野球部が汗を流すように。
花園出場を賭けてラグビー部が涙を流すように。
実は山岳部にもまた、「全国大会」へ足を進めるための大会があるのだ。
審査対象となる項目は大きく分けて十項目である。
1.体力
幕営に必要な荷物を四人で分担し、ザックに詰めて登山コースを歩く。男子ならば四人で60キログラム以上。女子ならば四人で40キログラム以上相当の重量が必要である。
木々が点々としており視界は良好。草木も短いので非常に歩いていて気持ちのいい地点だ。ここから先は仙人がすむ場所だと信じられていたらしい。それを象徴するかのように、強い風が吹き山岳部の体を冷やしていく。
普通のスポーツと違って数日をかけて審査。登るだけでなく、途中で料理を作ったりテントを設営したり。これらもチェック対象。登山に関わる全ての知識と技術が試される感じで大変そうです。
それでも主人公たちはとっても楽しげ。仲間たちと自然の中を進み、おいしい料理を作り、星空の下で眠る。ロマンですね!
読んでると私も山に登りたくなってくるけど……インドア派には辛い! というか無理! 想像だけで満足しておきます……家の中に居ながら別世界を楽しめてしまうのが創作の良い所。
そして、主人公がゲーム好きなのも楽しい。舞台となる2003年に流行った「ファイアーエムブレム 烈火の剣」などのゲームネタが多く出てきて親近感がわきます~。
ややマイナーな題材を具体的かつ軽快に書きあげている作品です。
ジャンピング・ジャック・ガール
ジャンピング・ジャック・ガール(mikio@暗黒青春ミステリー書く人) - カクヨム
あいつを殺して、ジャンピング・ジャック。
114,984文字
女子高生「川原鮎」は早朝の通学路でマンションから人が転落するのを目撃してしまう。転落したのは同じ高校の生徒。彼の携帯電話には『ジャンピング・ジャック』を名乗る人物からの謎めいたメールが届いていた。そして事件の謎に迫るうち、他にも4人の高校生が同じような転落死していることを突き止めるのだが……
本格青春ミステリー。テンポの良い文章で読みやすい。男女の2人組が聞き込みと推理を通して事件の真相を探っていく。やはり、この作品の本領発揮は8章の謎解きパートでは。非常に緊張感があり、肌がピリピリしてくる素晴らしい展開だと思います。
ネタバレありの感想
「え? え?!」
気がつけば、男は窓枠にお腹を乗せて、青空の下にだらりと首を垂らしていた。かろうじて落ちずに済んでいるのは、室内に残っている下半身が引っかかりになっているからだろう。
しかし、あたしが推測した時にはもう、男の下半身はくるりと回転して、窓の外に飛び出していた。
寄る辺を失った男は、重力に導かれるまま下へ下へと落ちていき、そして、そうして――。
個人的に、ぶっちゃけ途中まではそこまで印象に残りませんでした。
しかし、8章はすごい。探偵役だった主人公が犯人側に回る、逆転するんですよねぇ。これがすごく良い。背筋がゾクゾク。
私は普段推理小説を読まないんで当てになりませんが、少なくとも私の読んできた中ではベストの推理シーンです。
深夜。父母が眠りに就くのを見計らって、あたしは自分の部屋を出た。
そろそろと階段を下りて、癌細胞の住む部屋へと歩を進めると、扉越しにうっすらと光が漏れ出ているのがわかった。カタカタとパソコンのキーボードを叩く音も聞こえてくる。寝ていたら起こすのが手間だなと思っていたが、今日も今日とて昼夜逆転のだらしない生活を送っているようだ。
夜の街を、これから殺そうとしている兄の車いすを押しながら、探偵ではなく犯人として推理を披露する……すごい! 実に危険な魅力があります。事件の真相を理解した瞬間に「これなら自分も使える!」と思ってしまうと。
これはタイトル回収でもあるんですよね。ジャンピング・ジャック・ガールとは主人公のことであり、「あいつを殺して、ジャンピング・ジャック。」というキャッチコピーは主人公の言葉であると。
いや、ほんとすばらしい。この8章を読み終わってから見直すと印象が変わるシーンが結構あります。
こういう構成を思い付くのは作者さまのセンスでしょう。ひねりの効いた推理小説です。
魔王少女と呼吸の生徒会
106,036文字
とある出来事がきっかけでスピーチの練習をすることになった主人公。美少女な生徒会長に手伝ってもらうはずが、彼女がゲームをしようと言い出し……? 重なり合う物事、それらの真相とは。
ゲーム中の謎めいた空気が独特で魅力的。混乱、怒り、楽しさ……主人公の気持ちが上手く書かれていて読み進めてしまう。また勇者あつかいされている理由と内心の葛藤も丁寧。予想外の展開で勇者になってしまった気分とは。。そしてオチが良い。賛否両論ありそうだけど、私はかなり好きなタイプの終わり方。
ネタバレありの感想
お互いを魔王と勇者に見立て、スマホゲームの指示を実行。それを成功か失敗で評価していくのだけど……?
混乱、怒り、楽しさ……主人公の気持ちが上手く書かれていて読み進めてしまう。
『ゆうしゃ の こうげき ゆうしゃ は まおう の むね を さした』
読み間違いを期待して、もう一度読み返してみたものの、淡々とした単純なひらがなの列にあやまりなどなかった。
なぜわざわざ部位を指定してくるのだろう。胸じゃなくて、せめて肩や腕ならよかったのに。
いや、理由は何であれ女の子の体に勝手にふれて許されるわけがない。
僕は笑い声を作って彼女を見た。人が悪いですよ生徒会長、もう僕の負けでいいですから、二人だけでスピーチの練習をはじめませんか、そんな言葉を伝えようとした。
視線がぶつかる。闇色とでも名づけたくなるほど黒い瞳が、僕の喉の奥から声を奪う。
魔王のように冷徹な視線が、僕から『逃げる』の選択肢を奪う。
僕は鼻から大きく息を吸って、イメージを固める。
ここはゲームの世界。僕は勇者。目の間には魔王。
そしてゲームのキャラクターのように、メッセージに表示されたことを忠実に実行する。
僕は魔王に近づき、魔王の体に両手をまわして、強くしめつけた。
その刹那、嗅覚が刺激された。キャンディーの詰まった瓶の蓋を少し乱暴にあけたみたいに甘い女の子の匂いが鼻孔に飛び込んでくる。
次に肉体の感触が伝わってくる。モデルみたいに細い体、でもそこにある確かな柔らかさ。
無意識に僕はしめつける力を強めた。
「────っ」
魔王はダメージを受けている。
「あ、ごめん」
僕は手の力を緩めた。
「ダメよ」厳しい声が上がる。「それは認めない」
序盤はほぼ2人のやり取りだけで進行していくのだけど……何ともミステリアスで一気に引き込まれす。美少女と2人っきりで遊ぶ、ラッキーな状況のはずが? 逃がさない生徒会長と逃げられない主人公。たった2キャラだけでここまで展開を膨らませられるとは、作者さまの構成力は相当なものです。途中でエロいシーンがあるのは注意。いや~、ミステリー見事な表現力。普通に書かれてるよりめっちゃエロい(笑)
「ゲーム」の使い方もめちゃ上手い。物語は『ゆうしゃとまおう』というスマホゲームを利用して進んでいくし、過去編に出てくるRPGの使い方にもうならされます。すごいセンス。
そして最後の落ちが……読者も登場人物たちも気付けていない。シンプルながら強烈な余韻がある。途中で出てきた情報がここにきて回収されてしまう。勘違いかと思ったら実在したでござる。
生徒会長すらも自分のゲームに飲み込まれてて、疑問に思うべきポイントを見過ごしてしまっている。これはそば屋に行けてませんわ。勇者が主人公補正で無敵なのはゲーム中だけなのさ!
全体を通して、ものすごく上手い。小説を書く能力が高くないとこの物語は作れませんよ。
だつごく!!
だつごく!!(神山イナ) - カクヨム
みんなでなかよく刑務ライフ!?
104,820文字
ありとあらゆる軽犯罪が取り締まられてしまう、ちょっとおかしな現代。主人公の「早川 素真穂」16歳も、「歩きスマートフォン禁止法」によって逮捕。女の子限定の刑務所で懲役三ヶ月の監獄ライフを送るはめに。しかし「脱獄に成功すれば無罪放免」という特別ルールを知り、相部屋の少女たちと実行を決意する!
設定・ストーリー展開ともに突っ込みどころが多く楽しい。笑いどころ多数。それでいいのか……(笑) と思っちゃう勢いまかせの微妙なゴリ押しがジワジワくる。またガールズラブ要素も強く百合の花が咲き乱れまくり。
ネタバレありの感想
「今からきさまは、ほかの受刑者2名との相部屋にぶちこまれる! 俗にいう「ぶたばこ」ってやつだ!」
「ぶ、ぶたばこ……」
「しかしきさまらはぶたではない――まがりなりにも社会の一員だ! 当刑務所では、相部屋となった受刑者のことを〝刑務メイト〟と呼ぶ決まりになっている! よく覚えておけ!」
「け、けいむめいと……?」
「みんなよく聞いてくれ」
下着姿のエリカ先輩が、室内中の視線を集めた。
「今夜七時、私たちは「だつごく」を決行する」
室内は静かにざわついた。
既に着替え終わって部屋を出ようとしている子もいる中、突然の告白だ。
「今夜の夕食後、部屋に戻る行進中、みんなに思いっきり騒いで欲しい」
真剣な声でエリカ先輩は言った。
パンツ一枚。ブラジャー一枚。
しかしその表情には有無を言わさぬ説得力が込められている。
何も下着姿の時に宣言しなくても……想像すると締まらない!
割と予想外というか、ギャグのタイミングが読めない? センスありますよ。読み終わるまでにかなりの回数笑っちゃいました。
そして、主人公が流されやすいんですよね。重要な決断をしているようで「実は雰囲気に飲まれてるだけじゃ?」っていう。イイハナシカナー? 問題にぶつかる中で主人公が成長していく展開は熱いんだけど、目指すのは欲にまみれた脱獄だし……イイハナシダナー?
全体を通して独特のギャグセンスがあり、良い味してる作品です。
イルカノスミカ
103,269文字
高校2年生の「瀬戸入果」はバタフライの水泳選手。インターハイに出場したものの水泳肩により現在はリハビリ中。そんな中、両親からダブル不倫の末に離婚という衝撃の宣告を受けた彼女は家庭に居場を失ってしまう。悩みと不安、入果はどんな答えを出すのか?
重い状況ながらも、ユーモアたっぷりでテンポの良い文章。中々に女子高生感が出てます。周囲に対する入果の心情もリアリティがある。彼女を見守り支える先生たちがみんな立派な大人でステキ……!
ネタバレありの感想
そこで洋物アニメの着メロが鳴る。レリゴーレリゴーのやつ。
何てタイミング……母さんからだ。しかも電話かよ!
メールくらいなら見てあげるのに。写メでありのままの姿見せてあげるのに。
グロッキーになって部室前で横たわる今のこのあたしをね。
でも、会話だけはガチないし!
耳触りでウザいから電源切ったった。
中々に女子高生感が出てるのでは! 笑ってしまうポイント多数。
周囲に対する入果の心情もリアリティがあって良い。親とその不倫相手への不満、距離の取り方に共感しちゃいますわ。
あと、校長先生とミユキ先生が精神的にイケメンすぎる!
「その前に、まずお礼を言いたい。よく我々を頼ってくれましたね」
「あ……いえ」
あたしは戸惑う。
まさか、こっちがお礼を言われるとは思ってもなかったから。
「さきほど加地先生が仰ったように、特に瀬戸さんのような窮地に追い込まれなくても、お金がほしいとか比較的安易な理由で危険な選択をする生徒もいるんです。実際にそうなってしまうと、学校側ができることはもはや事後処理だけです。マイナスをゼロに近づけるのが関の山……未然に生徒の安全を確保することが我々の使命ですから、瀬戸さんがSOSを出してくれたことは非常に喜ばしいのです」
なんという理想の教師!
それに比べて両親は割とダメダメというか、離婚した後の新しい結婚生活も平穏に行くんでしょうかねぇ。特に父親の方は結構クズいパターンな気がするけど(笑) 部下の女性に手を付けて、しかも妊娠させるってどうなの?
重い悩みと不安を書きながら、高校生ならではの明るく楽しい空気もある。とてもバランスの良い作品です。
サムヒア・ノーヒア
94,681文字〇
天より並外れた絵を描く才能を与えられた「上木田零子」。しかし、その代償としてなのか少女は苦しみと孤独に押しつぶされていた。幼馴染の「沖澄栄一郎」は、そんな彼女のそばに居続けるのだが……絵は描いた人間を救うのか?
絵を題材に、生きにくさ・人生論を書く。何かしらの苦しみを抱えながら創作活動をしている人には刺さる内容じゃないかと。少なくとも私の場合は共感と反発で精神がやばい(笑)
非常に文章力があり、それぞれの作品や描いている時の心理状態などが見事に表現されている。物語の中に捕まえられてしまいますね。完全に商業クラスの文章です。
ネタバレありの感想
絵を言葉で表現する、これは中々に難しいことなんだけど見事。
――黒い背景。微妙に異なる色合いの黒ブラックが何層にも渡って塗りたくられたそれは、絵の上部を中心にして波紋のようにグラデーションを為している。その黒の中心――即ち上部には、一本の右手が描かれている。透き通るような白い肌を持った美しい腕。その腕をオーラのように淡く優しい光の色が包んでいる。
真っ暗闇の世界に天から差し伸ばされた救いの手。
絵の天才にして精神的弱者、零子のキャラクター造詣もすごく良い。「天才」とか「奇人」みたいなキャラって色んな作品に登場するけど、分かりやすく特殊なキャラクターだからこそ存在感を出すのは意外と難しい。表面的な派手さだけの薄っぺらいキャラになりがというか。
その点、零子は思考・行動が丁寧に書かれていて「1人の人間」としてのリアリティがあります。
「だ、だって、何も変わって、ない。苦しい、まま、なんだよ。辛いまま、なんだよ」
「…………」
「そんなはず、ないんだ。本当に……本当に、ちゃんとした絵を描ければ、きっとそんなものから、解放されるはず、なんだよ」
ぐらり、と目眩がする。紫から橙色に変わりつつある空が、歪む。
こいつは、まだ、そんなことを。
「――絵が、私を救ってくれるはずなんだ」
読んでてゾクゾクするというか、ほんと印象に残る名言が多い。私の場合は大したものじゃありませんが、何かしらの生きにくさを抱えて創作活動に打ち込んでる人には刺さる物語じゃないかと。はたして自分の創作物は自分を救ってくれるのか?
メイン2人の関係性もすごい緊張感。ある場面で零子が感じた衝撃というか絶望というか、少し分かる気がします。ここもすごく印象に残るシーンでした。「自分には絶対に作れないもの」ってあるんですよね。上手い下手じゃなくて感性の問題として。どうあがいても、そこにはたどり着けない。同じ場所には行けない。そういう作品を見せられると「ああ、別世界の人だな」と思っちゃうもので。
本当に文章力がありますね。書籍化も納得のハイレベル。web版の時点で、完全に商業レベルの品質です。
光あふれて死ねばいいのに
69,898文字〇
異常な影響力をもつアイドル「織原七重」はひたすらに自分の好奇心を優先し、無自覚ながら周りの人々を破滅に導いていた。問題解決と人命救助を得意とする「黒野宇多」は彼女の暴走を止めるために戦いを挑む。
独特な個性がありつつも読みやすい文章。そして、メイン2人のキャラ造形がすばらしい。天才というか奇人というか、強烈な存在感が伝わってきます。特に主人公の黒野さんが有能でかっこよすぎる!
戦闘場面もダイナミックで爽快。割と厨二病的だから読む人を選びそうではあるけど……すばらしく完成度の高い奇作。何というかめちゃめちゃに濃いです。
ネタバレありの感想
まず、アイドル「織原七重」
パパとママには愛されてるけど、だから何って思う。
愛のことを考える。愛は、あたたかい。やさしい。安心できるし、結構うれしい。たまに窮屈だけど、とても居心地がよい。愛はナナエを包んでくれる。それは素晴らしいものだ。
だけど、すごいと思ったことは一度もなかった。
あの二人は優しかった。愛してるって何度も言われた。ああそうですかそうですか。いつまで繰り返してるんだよ。どれだけ繰り返されてきたんだよ。病人のための言葉だと思う。だから違いますよ。それはナナエの欲しいものじゃありませんよ。
安心して帰れる家があるのは、愛のなせるみわざだ。ナナエをここまで育てるのに、どれだけの慈しみがかけられてきたのだろう。
ナナエを愛してくれてありがとう。本当にありがとう。
でもナナエのことを思ってナナエの思いと違うことをされると、死ねばいいのになって思う。
ナナエさんも良いキャラしてるんですよねぇ。ブレーキの壊れた人間性、毒々しい天才性が見事に伝わってきます。
こういう文章を読みやすいラインで書ける人は貴重。一歩間違えるとポエミーすぎる怪文章になってしまう。
そして、主人公の黒野さん。
楽しかった弱虫ごっこもこれまでだ。
最善のタイミングを見計らって起動する。
まずは鳴瀬克美の鼻を蹴った。地面に押さえつけられたわたしは手下にのしかかられ、鳴瀬克美を目視することは出来ないが関係なかった。今の今まで体を預けていた偽装人格はセーフモードとは違う。ここに居合わせている人物の性能は走査済みで、現在の位置関係も完全に把握している。わたしの見えない位置から、薄笑いを浮かべてわたしの足を広げようとする鳴瀬克美の手をすり抜けて、その鼻をかかとで強打するのは簡単だった。何の苦労も無い。わたしは手持ちのカードを最適な順列とタイミングで切り続けるだけだ。いつものように。
有能! 強い! 賢い! 優しい! 人助けがライフワークで学校内のいじめなどをありとあらゆる手段(暴力を含みまくる)で防止解決するスーパー生徒会長。しかし、真面目というより自信家でブラックユーモアのセンスもたっぷり!
すばらしく魅力的なキャラクターです。商業まで含めても最高級に好みのキャラ。
それにしても有能すぎる。やばいぐらいスペック高い。相手が男4人でも圧勝できるぐらいの格闘能力と、後ろからの不意打ちにも対応できる驚異的な空間把握能力、相手のを心理簡単に把握する分析力、相手からの汚染を防ぐ精神防壁などなど……なんだこいつ!?
個人的に1番好きなセリフは
数億年の蓄積ごときが偉そうに指図するな。
強すぎる……! 恐怖を感じないわけではない。しかし、圧倒的な精神力で本能すらも支配下に置いている。
本作はナナエの暴走を黒野さんが止めようとする展開なんだけど……悪VS正義って印象は薄いですね。なんというか怪物VS怪物って感じ。むしろお前がこえーよ! というシーンの連発だし。ラストバトルとかむちゃくちゃ言ってますよ。
そしてナナエのほうは幼少期からの生い立ちなんかが書かれて人間性がある程度理解できるんだけど……黒野さんの人生はほぼ説明されないんですよ。謎のまま。そのおかげでどうやったらこんな超人が生まれるのかさっぱり想像できない。スペックが高すぎる。
ナナエも良いキャラしてるので最後に才能が破壊されてしまうのは少し残念。自殺者が急増していき狂っていく社会もそれはそれで面白い物語になりそう。しかし、黒野さんのほうが強かったから仕方ないね。
最後に他のキャラだとトドも良い味してる。普通なら十分に優秀でしょうなぁ。素直に負けを認められるの有能。黒野さんからも、かなり高評価されてて笑う。
連載中
女子小学生二人が携帯ゲームをする話
女子小学生二人が携帯ゲームをする話(me) - カクヨム
凸←テトリス
63,833文字
女子小学生たちを中心とする日常ギャグストーリー。基本1話完結で読みやすい。4コマ的なテンポのよさ。
大人
主人公が成人している話
完結
僕は僕の書いた小説を知らない
108,299文字
1日ごとに記憶がリセットされ、新しいことを覚えられないという症状を抱えた小説家の「俺」。経験も出会いも眠るとすべて忘れてしまう。そんな状況のなかで小説を完成させられるのか。過ぎていく日常のなかで足掻く男の生活。
文章力・構成力がとても高い。新たな思い出が作れない苦悩と恐怖が強く伝わってくる。小説という形で記憶を受け継いでいくアイディアも見事。消えていく記憶、書き溜められていく作品。良い構図でしょう。普通には働けない状況の中で残された最後の希望。必死に物語を積み上げて姿はすごく応援したくなります。
ネタバレありの感想
寒気を覚えながら開いたテキストファイル。その一行目には、こうあった。
〈まずは落ち着け。大丈夫だ。お前は、いや俺は、つまり岸本アキラは、その状態でもう二年ほど生きている。混乱してバカなことをしないでくれ。例えばこのPCをぶっ壊すとかそいうことはするな。それやったら色々大変だから……落ち着いたか? いや、知ってる。お前はとりあえずこのファイルを全部読むはずだ〉
全部忘れて、明日の朝目覚める。それは、今日の、今の俺が死ぬってことなんじゃないのか。
記憶の連続性が途切れた人間は、同じ人間として生きていると言えるのか。
それに、こんな生活を本当に続けられるのか。今日見た通帳ではまだしばらくは大丈夫なのかもしれないけど、減り続ければいつかは破綻する。
記憶力の無い人間。さっきとは別の意味で、生きていけるのか。
そして俺は、今こうして脅えていることを明日には忘れて、同じように明日も脅えるのか。
怖い。怖い怖い怖い怖い怖い。
タフでいたいと思う。逆境でも軽口を叩くハードボイルドがカッコいいと思う。
でも。
眠れない。死にたくない。忘れたくない。
明日の俺と、繋がっていたい。
この迫力と臨場感……! とても表現力がある。序盤からグッと引き込まれちゃいますね。
そして、自分の書いた物語なのに「読者として新しく読める」、というある意味では製作者にとって理想的な状況。実に味わい深い。
また筋としては真面目でシリアスだけど、ユーモアのセンスもあり笑えるシーンも多数。
キャラクターたちも描写が上手く、それぞれ良い存在感あり。ヒロインの翼さんは本当に魅力的。終盤の展開もしびれる! 記憶が無くなることを利用して妹の振りをしていたとかね~、上手いトリックです。翼さん優しい! そして、今までの物語を「小説」にしてしまうのも印象的な仕掛けでした。意外と小説を「小説」として読むのは珍しい、メタフィクション的な変化球。
すべての要素がハイクオリティな作品です。
就職氷河期のララバイ
98,542文字
就職氷河期世代の主人公は、生きるために仕方なくブラック企業で働いていた。そこで出会うクズな上司たち。さらに再会した中学校の同級生も酷い人間になっており……現代日本の格差社会で生きる人々の歪みと苦労。
作者さまの実体験も混ざっているとのことで、非常に現実的。いわゆる私小説? 出てくるのも「キャラ」じゃなくて「人間」。性格のひどさがリアルすぎて読んでてつらい。進行はかなり淡々としていますが、それがかえって凄み・諦め・悲哀を増していて迫力があります。
ネタバレありの感想
「任せたからな! 俺は忙しいんだ!」
そう怒鳴るように言うと、店長は机の上に置いた自筆のメモを見ながら、ガラケーでポチポチと長文を打ち続けた。
五十代と思われる店長は救いようのない女好きで、暇さえあれば出会い系サイトを利用している。
好みの女性を検索し、ちゃんと返事がくるように事前に長文をメモに書いて、それを見ながらポチポチとガラケーのボタンを押し続けるのだ。
仕事中に出会い系サイト! これはなかなか……しかし、実際に似たような話は普通にあるから困る。他にもワンマン経営すぎる社長、ヤンキー上がりで短気な店長などブラック企業の内情がありありと伝わってきます。
そしてプレイべートで再開した同級生のクズっぷりも相当。
~~~
「育ててやった恩もあるからな。早めに仕送りしてもらわないと」
「はあ? 仕送り?」
「子供たちが中学卒業と同時に就職して仕送りすれば、俺は五十前で働かなくてすむようになる。人生左団扇だな。あははっ、ビールお替り」
なるほど、それはいいアイデア……のわけないが、軽部だけは会心の人生設計だと思っているようだ。
正直なところ、私は軽部が同じ人間には見えなかった。
高校にすら行かせる気もなく、むしろ子供から金を吸い上げるつもりとは。すまさじいクズっぷり。でも、ここまでじゃなくてもダメ親っているんですよねぇ。
しかし、この同級生を糾弾するだけでなく
私は軽部が愚かだと思うが、その軽部の愚かさの中に本人以外の責任が微塵でもないとは思えず、それに私とてそこまで立派な人間ではない。
いつなにかが狂って、軽部のようになるかもしれないのだ。
このように自己責任論だけじゃない広い視点を持っている。ここが本作の魅力でしょう。主人公の分析がいつも的確。それぞれのクズ人間に対する怒りというより、歪みを発生させている現代日本社会そのものに疑問を持ち絶望している。むしろ闇が深くなってますが……
みんなその人なりに良い人生を送ろうとしてるんですよねぇ。でも、上手くいかない。しみじみと悲しい。
強いリアリティのある描写に、冷静で読みやすい文章と納得の意見。胸を打たれる現代ドラマです。
最後にweb小説が書籍化されたのはまさに作者さま自身の体験でしょう。本作を書いてるの「八男って、それはないでしょう! 」のY.Aさまですし。収入が増えてよかったよかった……しかし、書籍化しなかったら今頃どうなっていたのか? 考えると怖い。
そして、この作品はメインペンネームのY.Aではなく塩見義弘なのが何とも言えず印象に残ります。
海竜
97,612文字
漁の途中、巨大な未確認生物に息子を殺された老人は復讐を誓う。どうやら、そこには地震が関わっているようで……? いろいろな人々が出会い、謎が解明されていく。老人の竜に対する復讐は果たされるのか。
あらすじだけを見るとSFホラーみたいだけど、内容的にはどっしりとした本格文芸作品。アクション要素はほぼ無し。良質な群像劇で、港町を舞台に息子を食われた老人・旦那を失った妻・裏社会の仲介人・地震研究者などの人生が交錯する。
ネタバレありの感想
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真っ黒な海が、さざ波ひとつ立てず、鏡のように凪いでいた。
夜の闇と境目のない漆黒の海の上を、眩しい漁火が、ディーゼル音を響かせながら通り過ぎていく。
「おいそろそろじゃ」
年老いた漁師が、舷側から海を覗き込みながら、操舵室に声をかけた。
短く刈り込んだ強(こわ)い白髪に、皺の奥まで日焼けした赤茶けた顔は、長い日々、潮にさらされてきたことを物語っている。
大きな腰が、ずっしりと甲板を踏みしめ、固太りした頑健な肉体は、七十という年齢を感じさせない。
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会話文は少なく、漢字が多め。ライトノベルじゃなくて文芸小説の文章ですね。
1人1人の描写に現実味があり、「キャラクター」ではなく「人間」という雰囲気。中心人物である吾郎さんの「70過ぎの漁師」感とかめちゃめちゃリアル。相手の話を聞いてない感じが田舎の老人あるあるすぎる。
あと、視点の繰り替えがすごく上手い。群像劇なんで話ごとに登場人物が変わるんだけど、その移り変わりがすごくスムーズ。読んでてまったく混乱せず、スッと頭に入ってきます。
ストーリー的には、もう1つのメインテーマとして地震をからめてきているのが面白い。
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そんな中、島野は、GPSや微細な地震も計測できる震度計などの最新技術を駆使し、主にプレート型地震について、独自の仮説に基づいた地震予知の研究に取り組んでいた。
そして、一年半前、太平洋沖のプレートで、二週間の間に、大規模な地震が発生するとの結論に辿り着いた。
だが、センター内では、島野の報告は大きくは取り扱われなかった。
なにしろ、十年~百年単位のものを、いきなり二週間という期間に縮めてきたのだから、慎重にならざるを得ない。
だが、実際にマグニチュード七・○の地震が、島野の報告から六日目に発生したのだった。
福寿丸が遭難した夜に起きた地震である。
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はたして、巨大生物と地震の関係とは? オカルトじゃなく科学的な説明がしっかり登場。なるほど地熱による上昇海流とは……ありえそうな感じで上手い。
終わり方も何とも現実的。あれは恐竜の形をした海である、復讐するようなもんじゃない。吾郎さんと漁師たちの生き方が表現された結末でしょう。個人的には好み。
海・地震、大いなる地球の自然に対する畏敬とロマンを感じる作品です。
ニート廃業届 ~自宅警備員、クビになる~
89,353文字
38歳無職。職歴なしのニート。兄から渡された封筒のなかみは100万円と、『これで最後』の手紙が一枚。果たして生きていけるのか? そもそも生きる意味はあるのか?
リアリティのある心理描写に読んでいて心がえぐられる。無力感、後悔、自殺をするかどうか、ハローワークの冷たい対応、白紙の履歴書、ようやく入れたのはブラック企業……しかし、語り口はとてもユーモラス。主人公に親近感がわきます。
ネタバレありの感想
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俺、部屋、蛍光灯。
これが全ての完璧な世界がここに完成しちゃったわけよ。
あ、今なら死んでもいい。むしろ死にたい。
そんな考えが浮かぶんだけどさ、ほら、さっきご飯を食べたから、死ねないの。
水飲んで、米食って、塩舐めて、酸素と二酸化炭素を交換してると死ねないの。
人間の身体っていうのは不便だよね。
死にたいな~って思っただけで死ねるようにできててくれれば良いのに。
そしたらさ、苦しい思いをする自殺とか考えなくて済むのに。
死ぬのは良いんだけどさ、死ぬ直前が問題なんだよね。
すっげぇ苦しそうだから。
もっとこうアッサリと、蝋燭の火がフッと消えるみたいにさ、ボーっとしてて、意識がフッと消えたら、「ハイ、お終い」みたいなのが理想なんだけど、人間の身体って、ホント、不便にできてるよね。
もっとさ、俺よりも生きたがってる人にさ、
「はい、これ俺の寿命。あげる」
って、ポンと渡せれば良いのにね。
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すべては「俺」の言葉として書かれる。見たこと感じたことを素直に話している感じで、読みやすい文章です。
あと、主人公は「誰かのせい」にしないんですよ。泣き言はいっぱい言うけど、「自分の問題」として真摯に現状に向き合ってるし、周りの人が自分を助けてくれれば素直に感謝する。弱い人間だけど悪い人間じゃないので読んでて不快感が無い。
話が進むにつれて何とか社会復帰していくけれど……元ニートが都合よく人生が逆転できるわけなし。最後の締めも現実的で心に刺さります。
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そういうわけで、今日も俺は生きてます。明日も生きてます。一週間後も生きてるんじゃないかな。あと一年は大丈夫。頑張って生きていきますよ。俺。
……十年後は、ちょっとわかんないかな。それはちょっと、ゴメン。
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けっきょっく10年後は分からないような不安定な人生を生きるしかなく、未来に大した希望もない。それでも、とりあえず自分なりに生きていくつもりはある。
ほろ苦いからこそ、印象に残る終わり方です。
小夜子さんのウキウキ修羅場ライフ
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80,460文字 (なろう版)
小学4年生の主人公は、家庭の事情で遠縁の女性「小夜子さん」に預けられる事に。しかし、彼女の周りにはストーカーと事件が大量発生!? そもそも、小夜子さん自体がかなり変な人の気がするし……?
やばい奴ばっかり出てくる、センス抜群のコメディ。小学生である主人公が1番まとも、大人が変態と危険人物ばっかり(笑) 突っ込み役がいないまま走り抜ける勢いが見事。
ネタバレありの感想
ストーカーされまくりながら、めちゃめちゃ楽しそうな小夜子さんからしてぶっ飛んでる。
「小夜子さん、ストーカーを育てたって、何?」
「素質がありそうな人に、適度なエサと環境を与えてあげると、ストーカーさんに育つんだよ」
僕がたずねれば、あっけらかんと小夜子さんは答える。
「ゴミを毎週決まった曜日と時間に捨てて、適度に個人情報入れたり、その習慣をSNSで話したり、頑張って調べれば住所特定出来る程度に計算して近所の写真を撮ってそれを公開したり、どんな人にも愛想良く接したり、ね」
とても優しい笑顔で、小夜子さんは語る。
(中略)
「だけどある日気づいたの。ストーカーさんって結構お金になるんだ」
「お金……」
「慰謝料とか示談金なんだけど、特に相手方が絶対に前科付けたくない時とか、結構な額がもらえるの。それに、そんな体験を物語にまとめて小説賞に送ったら商業出版も決まって、その時に自分の道が開けた気がしたの!」
これ以上ないくらい満面の笑みで小夜子さんは言う。
ストーカーを育てる……!? すごいパワーワード! メンタルが強すぎる上に、発想が危険人物すぎる。小悪魔を余裕で通りすぎて悪魔な思考回路。
もうね、小夜子さんがやばい奴で、小夜子さんの弟もやばい奴で、お兄さんとお父さんもやばい奴で、知り合いもやばい奴で、ストーカーさんたちもやばい奴なんですよ。常識人が出てこねぇ!
私の一押しはお兄さんでしょうか。丁寧な物腰と冷静な対応、そしてストーカーとして優秀すぎる。
濃いギャグが連発されてすごく笑えます。インパクトのある文章、迷言多数。
そして、カオスな状況にだんだん慣れていき染まっていく主人公君が心配でならない……! 最初は疑問を感じていたのに、途中から対応力が上がりすぎている。そっちの世界に行っちゃダメだ~。
キレッキレでスピード感がすごい。高品質なコメディ作品です。
飢と渇
飢と渇(エフ) - カクヨム
人間は、何のために働くのか。
72,973文字 (なろう版)
中卒で飢え死の恐怖がトラウマである「堂徳」、偏差値の高い大学の生徒だが親に見捨てられ承認欲求に渇いている「清倫」。怪しい仕事で儲けていた2人が出会った時、ビジネスの規模は拡大していく。そして……?
バイトである「正田」も含めて、中心の3人がとても良いキャラ立ち。詐欺まがいの仕組みでカモにされてしまう者、そして道徳に反すると分かっていても金儲けに走る者……人間心理の分析がリアル。
あとネットの世界を書いたものだからか、web小説の書き方がすごく雰囲気に合っている。この内容だと紙よりweb上で読んだ方が迫力と臨場感がありそう。
ネタバレありの感想
好まれやすいネタは大体決まっている。
例えば、「人生が上手くいってない層、気力を失っている層」が参加できるネタ。
具体的には、現状の制度を批判することのできるニュース、成功者の失敗、大企業の不祥事、政治家のゴシップ。
また、イデオロギーVsイデオロギー、既婚Vs未婚、学歴Vs学歴など、何かと何かが対立するようなネタも伸びが良く、鉄板と言っていい。
ここ数年は定期的に隣国といざこざが起きるから、ネタの供給が尽きなくて助かる。
俺はそういう話に鼻くそほどの興味も無いが、“憂国の客達”は大変関心を持って見てくれる。
頭では分かってる。
やることがないから飯を食っているのではない。
飯を食い続けてないと、不安に殺されそうだから食ってんだ。
売上の減少なんて見たくない。
会社の赤字なんて見たくない。
俺の将来なんて考えたくない。
「それより飯・・・飯だ・・・。」
考えちゃうと不安でつぶれるから、必死に別のことをする。分かりますわ~。
ググっと引き込まれ、胸に刺さるシーンがたくさん出てきて迫力あります。読んでて背筋がゾクゾクしますね。
終わり方もすごい好き。メイン2人は悪役なんですよ。稼ぐためにはモラルなんてクソくらえ。そんな彼らが行き着く先は……? バイトである正田の反乱によってビズネスは崩壊! そりゃそうですなぁ、やっぱ物語としては悪役が罰を受けないまま終わるのはやや後味が悪い。
しかし、2人は起業の面白さを自覚して新たな挑戦を模索し始める! そんなんですよね~、主人公が絶望したままで終わるのも後味が悪い。罰を受けつつも再起をはかる。すごく良い構成だと思います。2人の未来はどうなるのか、想像が広がって余韻がありますよね~。
かなりの個性と存在感がある作品です。ここまでの説明で気になった人は読んで損しませんよ!
連載中
会社の上司を悪役にした異世界ファンタジーを書いていたら、読者が社長だった
102,062文字
入社3年目の主人公は、上司達にいびられる毎日に嫌気が差していた。ある日、ストレス発散のため職場の人々をモデルとしたファンタジー小説を執筆開始。しかし、読者の中に務めている会社の社長や同僚女子がいて!? 明らかになる職場の問題、そこで予想外のつながりが効果を発揮する。
「自分を主人公に投影してweb小説を投稿している作者」を主人公とする2重構造の小説。実際にこういうパターンも割とありそうでリアリティを感じる。創作パートのストレートな設定も楽しい。そして、読者に身バレして現実の人間関係も変化していくのも今風で良い展開です。
ネタバレありの感想
その日、帰宅した彼は、今日怒鳴られた事を思い出し、翌日も会社に行くことが嫌で嫌でたまらなくなっていた。
(なぜ、あんなに大声で叱られなければならないのだろう……金田課長代理は、自分では全く何もしてくれないくせに……)
理不尽な仕打ちに怒りがふつふつと湧き起こってくるが、怒鳴り返す勇気もない。
(そうだ……自分を主役にして、金田をモデルにしたキャラが登場するラノベを書こう……そこで憂さ晴らしをしてやる……この際、ほかにも気に入らない奴を次々に登場させて、みんな成敗してやるんだ!)
負のオーラ全開の土屋は、ニヤリと不気味な笑みを浮かべた後、愛用のテキストエディターを立ち上げ、一心不乱にラノベを書き始めたのだった――。
ここまで極端で分かりやすくなくても
「主人公の行動に自分の欲望を投影」「物語を作って現実のストレスを発散」
こういうのは製作者なら少しはある部分でしょう。分かります分かります。それをあえてメインテーマとして書いてしまうのが良い発想で面白い。
そして創作パートも普通に面白い(笑)
「そうじゃ。人々は、突如現れたその大妖魔達に恐れ、『ハラスメント四天王』と呼んで恐れおののいておる」
「ハラスメント四天王……なんと恐ろしい響きだ……」
俺はゴクリ、と唾を飲んだ。
「具体的には、『セクハーラ・トウゴウ』、『ヒステリック・モラハーラ』、そして最も恐るべき大妖魔、『パワハーラ・ザイゼン』じゃ!」
ハラスメント四天王(笑) 直球でナイスなネーミングが多くて笑っちゃいます。
途中から読者に身バレして現実の人間関係も変化していくのも今風で良い展開。実際に知り合いに発見された話も聞いたこともありますし……
そして現実パートもセクハラ以外の事件と問題が起こったりして、しっかり現代ドラマやってるんですよねぇ。
会社におけるハラスメント・創作によるストレス発散、そういったものを実に良いアイディアで上手く書いている作品です。
お仕事もの
特に職場での話をメインに展開。読むと業界知識も増えます。
完結
ヒーローは眠らない
ヒーローは眠らない(伊丹央) - カクヨム
お仕事小説 第1回カクヨムWeb小説コンテスト現代ドラマ部門大賞受賞作
154,108文字
大手映像制作会社の女性プロデューサーは、映画部門から子供向け特撮ヒーロードラマのチーフプロデューサーに移動された。メイン監督にはセンス抜群だが性格に問題がある老監督を復帰させることにしたのだが、やはり周囲との摩擦が起きる。さらには謎の人物から宮地に対する誹謗中傷のネット書き込みも発生して!?
番組制作のお仕事もの。かなり話が細かく、製作者たちの仕事・内情が詳しく描かれている。たぶん作者さまは業界人だったのでは。老監督の長門さんが良いキャラしてますね。実力はあるけど、俺様の頑固じじいで賛否両論。物語の起承転結としてはやや締まりきってないんだけど、それもリアリティの内でしょう。
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Blind Blue
Blind Blue(旭 晴人) - カクヨム
【書籍好評発売中!】働くヒト小説コンテスト、大賞受賞作!
140,761文字
就職浪人1年目の主人公「蒼衣」の元に思いがけず舞い込んだ求人、水族館のドルフィントレーナー。泳ぐのが好きな自分にあった職業かと思い、軽い気持ちで試験を受けるが……? 1頭のイルカとの出会いが青年を成長させていく。
水中、そしてイルカの描写に表現力がある。自分がその場にいるかのように感じます。こんな風にイルカと泳ぎまわれたら気持ちいいでしょうね~。ストーリー展開も、次々と問題が出てきて、それを乗り越えるたびに成長していく主人公の姿が王道だけど熱い。
ネタバレありの感想
海は底が青いのだ。
蒼衣がダイビングにどっぷりハマったきっかけである。その”黒”とも言える青と目が合った瞬間、ぞあああああ、と連鎖的に肌が粟立つ。吸い寄せられるように、頭と足の位置を入れ替えて、蒼衣は潜り始めた。
潜れば潜るほど、精密に深くなる青のグラデーションは数学的に美しい。そんな深まる海の色彩と反比例するように、肉体は追い込まれていく。低下する水温。薄まる脳の酸素。水圧が起こす耳鳴り。
筆が紙の上を踊るような滑らかさで海をなぞる、藍色のつややかな流線型。愛嬌のあるつぶらな瞳。シャープな鼻先。大きな口。顔に似合わないその迫力。
遊泳、とはこの光景のことを言うのだと思った。海を住処とする者だけが辿り着ける境地。水を切る動きはどこまでも流麗。
イルカと一緒に泳ぎ回るシーンもあり、なんとも気持ちよさそうです。こんな風に水中を自由に動けたら楽しいでしょうね~!
ストーリも王道でありなら完成度が高い。主人公の上から目線な脳内思考には笑ってしまうけど共感できる部分も。そして、そんな主人公が問題にぶつかり、悩み反省し成長していく心理描写が説得力ある。
主人公は大学卒業後、行き当たりばったりなフリーター生活。能力はあるがプライドが高すぎて自分が納得できる仕事が見つからないでいた。そこに父親から水族館のドルフィントレーナの求人を勧められ、軽い気持ちで応募するのだけど……?
採用試験、初めてキャストとして参加するイルカショー、どの出来事も簡単にはクリアできないし失敗もある。だからこそ、乗り越えた時に主人公は達成感を持ち、読者も気分スッキリ。最初の採用試験で落とされるのは驚きだし、その理由には納得。
イルカの「ビビ」との友情と絆、これも非常に熱い。終盤の展開は胸を打たれますね。目が見えなくなる恐怖、再び泳げるようになる喜び。これはイルカでも同じでしょうなぁ。そして大切な相手が喜んでくれるというのは、自分も嬉しくなるもので。読んでて応援しまくっちゃいますし、ショーが成功したあとは安心感がすごい。よかったよかった。
良質な現代ドラマ。さすがに「働くヒト小説コンテスト」で大賞を取るだけのことはあります。
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答えはぜんぶ「レンジャー!」ですっ
【書籍化】レンジャー・ガール!―女性自衛官・小牧陽は地獄を這い進む―(旧『答えはぜんぶ「レンジャー!」ですっ』)(綾坂キョウ) - カクヨム
泣いて笑って涙を拭って。凸凹女子バディ、地獄の90日間を這い進みます!
139,997文字
「レンジャー」は自衛官の中でも8%しかいない精鋭。その試験は地獄とまで称される過酷さだが、主人公は初の女性合格者を目指す! 涙と汗と泥まみれの青春コメディ!
ギャグも多くて読みやすい作風。センス抜群だしテンポも良くて、かなり笑っちゃうシーン多数。また作者さまが青春コメディと書いているように恋愛要素も少しだけ。
ネタバレありの感想
やはり訓練の内容はとてもハード。迫力があります。
「いぃちっ!」
号令に合わせて、学生たちの間に立った助教たちから再び強い声がとんでくる。
「もっと腕曲げろっオラァ!」
「背筋伸ばせ背筋ぃっ! もう一回いぃぃちッ」
「声がちいせぇんだよ全員気合い入れろッ」
「レンジャーッ!!」
回数はなかなかカウントされず、罵声を浴びせられながら腕立て伏せは延々と続き。終わったときには、身体がガチガチになっていた。
重い背嚢に、重い小銃、重い爆薬、そして傾斜のある山道。おまけに、疲労と寝不足ともう一つ疲労と――とにかく日中から夜間までぶっ続けで痛めつけられた身体は悲鳴をあげていて、気を抜くとふわりと意識を手放しそうになる。
加えて――口が、痛い。夜間の非常呼集前から、水分を全然とることができていない。喉が痛いのを通り越して、口全体がピリピリと痛みを訴え出している。
う~ん、すごい。私には絶対無理です(当たり前だけど)。教官たちから重圧をかけられまくるのが見ててつらい。
むしろ主人公の「アキラ」さんが明るいキャラなのが厳しさをよく表している。訓練の中でアキラは何度も心が折れそうに。めちゃめちゃ明るく前向きだったのに、それでも挫けそうになる。この落差に凄みを感じます。余裕がない時にこそ踏みとどまれる、本当の意味で心の強さが必要なんでしょうね……
途中の描写が苦しい分だけ応援してしまう。努力・強い心・仲間との協力……王道展開だけどやっぱり良い。
またキャラクターたちも良い感じ。なんというか自衛官でしかもレンジャーを目指してる人たちばかりなので、みんな性格がイケメン。強くて優しい。設定的に卑怯な悪役は出てこれませんからねぇ。特に4-4 「みんなの心を一つにします!」この話を読んでしみじみ感動しました。男性レンジャーがちゃんと過去の発言を訂正してて偉い! これだけ素直な話し合いができるのは良い人ばっかりじゃないと無理ですよ。
キャラの中だと個人的にはミズキさんが一押し。主人公とコンビを組む、これまた女性初合格を目指している人。男嫌いで気の強い美人、ただしちゃっかり恋人がいる(笑) クールさとお茶目さを持ち合わせる。味があります。糸川レンジャーとのからみが楽しく番外編は恋愛ものとして良い。
題材もキャラクターも良く、場面ごとのメリハリが効いている。作者さまの確かな実力が感じられる作品です。
この財産、差押えます!
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135,347文字
県内の高額税金滞納や悪質滞納を専門に扱う専門部署、その名は「財務局徴収部機動課」。税金を払わない人々と、できるかぎりの手段を駆使して回収解決を目指す職員。そこには熱くて深い人間ドラマがある!
作者さまの知識がしっかりしていて、リアリティのある描写が魅力。また滞納者を単純な「悪」とするのでなく、人生の底にいる彼らをむしろ応援する温かい眼差しが胸を打つ。
PJ:アフリカ
PJ:アフリカ(松本周) - カクヨム
限界を超えて働け。
130,628文字
広告代理店の新入社員である「松山」は失敗続きのプロジェクトの担当となり、クライアントから不可能に思える要求を突きつけられる。口だけの無能上司、重なるトラブル……翌日の再プレゼンを何とか形にしようと彼は東京を走り周る。辛く苦しい緊迫の24時間。
非常に文章力があり、重い空気がありありと伝わってくる。現実的すぎて読んでて辛い(笑) 崩壊していくプロジェクトと主人公の精神……引き込まれますね。そんな中で最後に主人公は何を思うのか。終わり方にも余韻があってすばらしいです。
ネタバレありの感想
しかし、3週間の研修の後、不動産広告担当の営業部に配属されて2週間ほど経った5月、僕のあらゆる状況に、瞬間的に急激な変化が起こった。突然、僕の帰宅時間は午前0時以降になり、いつのまにか僕のスーツはしわだらけになった。突然、僕の眼前に処理しきれない膨大な情報が積み上げられた。そして、僕は未知の世界のど真ん中に放り出された。
僕に聞こえるのは、五人の客達の顔面と感情が凍りついていく音だった。上目づかいに前方の五人の顔をちらりと覗くと、全員の表情が死人のように硬直しているのが分かった。客達は藤崎さんが喋り終えるのを待って、この、欠点が多すぎてどこから指摘すればいいのか分からない広告表現に対して、最初に何を言うべきかを既に考え始めている。そして僕も、その第一声は一体なんだろうと考え始めていた。
長時間労働で疲れ果てた心と体、失敗したプレゼンテーションの冷え切った空気……リアリティあって読んでるだけで精神ダメージがきますわぁ。特に、口だけ偉そうなクソ上司のクソっぷりが本当にやばい。
作者さまが実際に広告代理店で働いているそうで、仕事内容・客との取引シーンなども厚みがある描写。
ストーリー展開的には途中でトラブルが発生しまくるんですが……これが24時間以内のできごとってんだから、めちゃめちゃに濃い1日でしょう。さすがに運悪すぎぃ! 間違えてヤクザの事務所を連絡先に書いちゃうとかね(笑) 自分がこんな状態になったら……想像もしたくない。
しかも、コンペでは普通に負けるんですよね~。「いや、これで行けんのか……?」と思ってたら、やっぱり無理だったという。
他の人の感想で「村上春樹っぽい」とも言われてるんですが、何となく分かります。主人公の心理描写、ややぼんやりした終わり方が確かにそんな感じ。
本当に文章力がある。書籍化も当然のクオリティ。
書籍版の情報をAmazon.co.jpで見てみる
物性理論大学院生の日常〜研究室は解散しました
物性理論大学院生の日常〜研究室は解散しました(新井パグナス) - カクヨム
すまない、この研究室は三月末で解散だ
123,028文字
研究室のグループリーダーである准教授が突然の異動。実は定年制のポジションではなかったらしい。主人公「佐々木」は移籍できる研究室を探して奔走するはめに。修士論文、博士課程、就職……はたして無事に未来をつかむことができるのか。
理論系大学院生の研究生活と苦労が伝わってきておもしろい。マニアックな理系の世界を覗くことができる。かなり文章力があり、「研究内容」が理解できなくても、「どんな雰囲気でやっているのか」を見ているだけで十分に楽しめる。リアルな空気感でキャラ要素は薄め。
ネタバレありの感想
例えば日本の研究環境はいろいろと問題がある様子。
「私のポジションのT大学の准教授は、任期付きです。定年退職まで居られるようなポジションではないのです」
猪俣先生が任期付き? 佐々木は知らなかった。でも佐々木が高校生の頃からT大の先生だったはずだ。
猪俣は続ける。
「10年間の任期のあと、業績やら獲得外部研究費やらの審査を通れば任期の定めのない職になるテニュアトラック、というポジションでした。残念ながら、外部研究費総獲得額が研究科共通の規定を満たさなかったようで、今年の3月末でこの研究室は解散です」
そう言う猪俣を眺める大学院生達は、まだ、何を言っているのか?という顔をしている。
准教授になっても10年で大学が求める結果を出せないと解雇……厳しい。また博士号をとっても2年単位のポスドクとして、さまざなま研究室を渡り歩く不安定な日々……う~む。
主人公が博士号を取った後も職を探してるシーンの哀愁と苦悩がね……胸に刺さります。それだけに最終話で特任講師までたどり着いてるのを見て一安心。だけど、まだテニュアトラックなんだよなぁ。ここまで来てもクビにされる可能性があるわけで……日本の研究環境がハードすぎる。
例え・説明がすごく上手くて、物理学が分からなくても楽しめますね。
修士論文は、A4用紙で大体50枚から100枚くらいが相場だ。修士論文には研究の背景、その研究を始めるに至った動機、その他の先行研究、などが必須で、学部を卒業し大学院に入ったばかりの初学者がその修士論文だけを読んで問題点とその解決策を理解できるのが望ましい。推理小説で言えば、どんな事件が起きたか、どんな状況なのかを説明した後、犯人を特定し、その犯人が犯行に至った動機についても述べているのに似ている。理論研究の場合、最終的に研究に使った理論手法の詳細な記述はもちろんのこと、その理論手法の土台となるような基本的な理論についても書かなければならない。
なるほどぉ。やっぱ理系の修士・博士となると学生とはいえガチガチの論文を書くんですね。
もちろん説明だけの小説ではなし。物語としてもおもしろい。いきなり研究室解散というのはインパクトありますし、移籍した先も超ハードなブラック研究室だったり、合コンで失敗、海外の発表会で問題が起きるなどなど……
最後の博士論文の審査会はダイナミックな描写でバトルもののような盛り上がり。一刀両断、弾丸、スナイパー、戦車……うなっちゃいます。そのままだと読者が退屈するところをどう楽しませるか。見事な表現です。
全体的に「ラノベ」じゃなくて「小説」。何というか「キャラ」じゃなくて「登場人物」。天才肌の変人ちゃん、みたいなのは出てきません。
第1章の鎌田さんと恋愛関係にまったくならないのが非ラノベですよね~。ラノベだったらヒロインポジションのはず(笑)
理系だし非ラノベだし、読む人は選ぶかもしれませんが……興味を持てる人なら間違いなく楽しめる作品だと思います。
ブラック企業をぶちのめせ!
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112,554文字
弁護士「白山白狼」、金儲けよりもブラック企業根絶と被害者救済を優先する法曹界の変わり者。不当解雇に、サービス残業、労災隠し。違法企業を叩き潰すため今日も白スーツで街を駆ける!
とてもリアルなブラック企業の数々。そして、それを分かりやすい説明とスカッとする啖呵で叩きのめしていく! 痛快な法律人間ドラマ。こういうのが現実的な「正義の味方」ですなぁ。
お片づけの依頼はエルムバンクまで
お片づけの依頼はエルムバンクまで(赤坂 パトリシア) - カクヨム
新聞紙には1987年の日付け。一体いつから掃除していないんですか?
102,955文字
主人公は家の片づけを手伝って欲しいと依頼を受ける。80歳になる上品な老婦人の家は、想像を絶する汚さだった。彼女が物を捨てられない理由とは? 家を整理する中で見えてくる老婦人の過去と人生。
物を整理するとともに過去を振り返り、家がすっきりと明るくなるのと同時に人生も明るくなっていく。この構図が分かりやすく美しいですね。構成に上手さがある。また、「プロフェッショナル・オーガナイザー」という「プロの片づけ手伝い人」が登場するのも日本語の小説では珍しい設定で新鮮に読み進められます。
ネタバレありの感想
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プロフェッショナル・オーガナイザーとは、依頼されて個人の家やオフィスを片付ける手伝いをする仕事である。クリーナーが依頼者の家の片づけを一人でするのとは異なり、オーガナイザーは「依頼者と共に」家を片付ける。その主眼が「依頼者本人の整理整頓に至るまでの道のりの手伝い」、あるいは「依頼者の状況に特化した片づけの解決策の提示」にあるからだ。平たく言えば「自分で片付けられるようにしましょうね。お手伝いはしますから」ということだ。
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主人公も依頼を受け、金銭的な報酬がある仕事として老婦人の家を片付けていく。単に「おぼあちゃんを救う」という感動秘話ではなく、適切な距離感が心地よい。主人公は依頼を受けた立場、親愛的でありながらも自分勝手な判断で老婦人の心に土足で踏み込んだりはしないんです。なんというか、仕事という形を取っているからこそ、より丁寧かつ真摯に向き合っているというか。
老婦人がメインで、主人公はサポート。この構図がしっかりしているからこそ老婦人の存在がより際立ってくる。第二次世界大戦を経験し、教師を引退した後も多くの教え子たちに慕われている人格者。その彼女が、なぜ物を捨てられなくなったのか?
けっきょく、ゴミ屋敷は人生そのもの、という話なのでしょう。それぞれの物には思い出が詰まっていて、しかしそれがごちゃごちゃになったまま。物を捨てていく途中の喪失感と葛藤にも胸を打たれますね。
また、作者さまは実際にイギリス在住。現地にいるからこそ書けるリアルなイギリスの空気感も魅力的です。
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中流階級(ミドルクラス)向け、田舎生活向け、都市生活むけ、中の下階級(ロウワーミドルクラス)向け、インド・パキスタン系移民向け。日本のインテリア雑誌よりもずいぶん分化されている感のあるのも、イギリスのインテリア雑誌の特徴だった。
一冊は趣味の乗馬のあと、泥に汚れたブーツで入っていける裏口の存在を全力で推していた。「乗馬のあとのコーヒータイムが楽しみ。キッチンへ泥を入れないゆったりとしたポーチスペース!」と銘打たれたページには艶やかな毛並みのラブラドールが、乗馬ブーツの横にきちんとお座りをしている。床は高価そうな天然石のタイルだ。
もう一冊は「すべての新婚家庭にはタージマハール柄のコーヒーテーブルがマストアイテム」だと、主張していた。
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ほほ~、やっぱ国によって違いはあるものですねぇ。異国の文化に触れるのは楽しいもの。
文章力も高く、1つ1つの描写が丁寧に書かれている印象。
物語として品があり、なんとも素敵な読後感の作品です。
右カウンター赤道より
右カウンター赤道より(梧桐 彰) - カクヨム
33才、弱気でぐうたら。どこにも勝てる要素がない
109,687文字
インドネシアの首都ジャカルタで形だけのボクシングジムを経営する中年ボクサー「ロニー」のところへ、日本で売り出し中の実力者「薮田」から試合の依頼が飛び込んでくる。過去の挫折から日本を飛び出しロニーのジムに居候していた「アキラ」は勝ち目がないと言うのだが……
豊富な知識を元に描写されるボクシング周りのシーンは迫力満点。そして、つながっていく人間の縁・変化していく心境・明かされる過去など、人間ドラマとしても非常に熱く質がいい。
主人公が直接試合に出るロニーではなく、そのサポート役に周るアキラなのが話をより深く広くしていて上手い構成じゃないかと。あと、タイトルもいいですよね。
ネタバレありの感想
まったくボクシングの知識がない私も楽しめました。格闘技ってのは男のロマン!
男はガウンを脱ぐと軽い跳躍を始め、グラブを交互に突き出した。何人かがその体に目を奪われ始めた。動きは意外に敏捷で、発達した足腰には脂肪がついていない。そして、その両拳には力りきみのない、静かな闘志が行き渡っていた。
戦うためにここへ来たのだ。
老兵の目が、そう語っていた。
これプロローグの文章なんですが、読んだ時に物語に引き込まれました。「お! これは本格派っぽいぞ……!」と一気に期待値が上がる。
舞台が日本ではなくインドネシアなのも個性的。描写が巧みで異国の風を感じる。きっと作者さまに現地にいった経験があるんでしょうね。
外に目をやった。道路はひしめくオートバイ。人口950万人。都市圏では東京に次いで世界第2位、3000万人だ。赤道直下を生きる無数の人、人、人。活気あふれる社会には貧困や治安の問題があっても悲壮感がない。これからの国なのだ。
これからの国、見事な表現では。明るい未来が見えていることを一言でサクッと表現。
10万字、本1冊ほどの長さで無駄がなく完成度が高い作品。最後にタイトルが回収されるシーンは読んだときに震えました。すばらしい演出。回収するのが主人公じゃないのがセンス良すぎる……タイトル回収、という1点においては今まで読んできた小説の中で最高かも。
白黒パレード ~ようこそ、テーマパークの裏側へ!~
105,082文字
地方の人気テーマパーク『ユーロ・パラダイス』。そのパレードで踊る筋肉マッチョのダンサー「黒木田環和」は日々楽しく仕事に励んでいる。パレードスタッフ・衣装係・同期のダンサーなどの仲間とも熱い絆が。しかし、色々な事件が起きてきて……彼らは職場とお客様の笑顔を守るために奔走する!
ダンサー業界・テーマパークのパレード、お仕事ものとしても珍しい題材で新鮮。主人公のクロさんが実に良い味してます。筋肉体育会系だけど、パソコンも好きで動画配信もしている。今風のリアリティあるキャラ造形。恋愛要素では、天然なクロさんに片思いして苦労中のヒロイン陣が何ともかわいらしい。
ネタバレありの感想
テーマパークのパレードに求められるものは、シンプルだがリズミカルで、かつエネルギッシュなステップや手振り、そして何よりも快活な笑顔である。
満面の笑顔で明るさや楽しさ、元気を振りまきながら練り歩き、ゲスト参加パートでは文字通り、ゲスト=お客さんをパレードルートにピックアップして一緒に踊って、忘れられない楽しい思い出をつくってもらう。
それが、パレードダンサーだ。
おお~、世の中には色んな職業があるものですね! 今まで知らなかった世界をのぞき見れる、これも仕事系小説の面白さ。やっぱ珍しい職業がテーマになってると興味を引かれて読み進めたくなります。
さらにはパレードマネージャーなどの裏方さんも登場。やはり大規模な夢の世界にはたくさんの地味な仕事に支えられている様子。
そして個人的にはクロさんが動画配信してるのが好き。
合成音声とおなじ文面が記されたウィンドウを閉じ、クロは動画投稿サイト『スマイリー・チューブ』のロゴマークをあらためてクリックする。
トップ画面の《新着動画》コーナーを確認すると、自身の『マッスルしてみた。その3 ~プロテイン編~』という動画がしっかりと紹介されている。
マッスルしてみた(笑) いいセンスでは。明るい筋肉バカVS暗いパソコンオタク、みたいな構図って割と古臭くなってると思います。今となってはネットとリアルは完全に融合してて、体育会系とかいわゆる「リア充」とかもネット配信・youtuberをバンバンやってる時代ですもん。そして、あっさり身バレしてるのは笑う。
ストーリーとしては事件の解決を通して仲間との絆を深めていく正統派。お仕事ものとしても、自分を安くするな、という名言が出てきて熱い。
プロローグとエピローグが見事に対応しているのもグッド。プロローグだけ見ると正直「?」という気持ちだったんですが、エピローグまで読むと意外に感動しちゃいました。子供からの手紙に始まり、子供からの手紙に終わる。この物語のすべては、お客さまの笑顔のためにあると! やっぱそれが1番大事なんですなぁ。
珍しい職業世界を魅力的に書ききっており、書籍化も納得の完成度です。
作家になりたい人が多すぎる
67,467文字
自費出版の会社で編集者をやっている主人公。そして、素人である依頼者たちの文章は問題だらけ! しかし中には才能がある人もいたりして? 編集者の苦労と喜びを書く。
「下手な文章・分かりにくい物語」の例がすごく上手い。読者としては共感しまくり、作者として活動している人なら参考になりそう。また、良い作者に出会えた・良い本を出せたことの嬉しさも伝わってきて爽やかな読後感。
ネタバレありの感想
ほんと文章の悪い見本が秀逸。
『私が下を見ると、そこに死体がばったり倒れていた。思わず悲鳴がしたが、すぐに口を押さえた。死体はすごい血糊で床にまで流れ、私は一瞬踵を返して逃げていった。』
「下を見ると」はどのくらい下なんだ。手もとを見るのも、足もとを見るのも、階下を見るのも、高層ビルから地上を見るのも、距離こそ違え全部「下を見る」だ。言葉の選び方が雑。前後の状況から、ここは「足もと」くらいの「下」だろう。
それに、死体は「ばったり倒れ」ない。人がばったり倒れてやがて死体になるのであって……いや、死んでからばたっと倒れたかもしれないが、特殊な状況下でなければ、死体については「ばったり倒れる」とは表現しない。でも、この、「日本語は、普通はそうは言わない」というのが作者に対してうまく説明できない。しかもたいがい、こういう文を平気で書く人に、そんなことは伝わりっこない。
こういうのあるある! 気になりますよね~。分かりにくい物語の例も、まさにそんな感じ。色んなパターンが出てきますけど、どれもこれも本当にあるある。
それぞれに対する突っ込みにうなずきまくりですよ。首がもげるぐらいの勢いで共感しました。どこがどうおかしいのか、見事に言語化されているのがすごい。これが書けるのは作者さまに理解力と文章力があるからこそですね。
そして自費出版の編集者だからこその大変さも色々と書かれていて面白い。文章の問題点を指摘しようとしても聞き入れなかったり、予算を考えない注文をしてきたり。作者さま自身が出版業界の人なのでリアリティたっぷり。
しかし苦労話だけでなく、終盤の展開は読んでて主人公と一緒に嬉しくなっちゃいますね~。まず「第六話 解読不能文」が良い。ファンになっちゃったの!? と驚きますよね。そこまでがダメな客ばっかりだったので予想外の心温まるエピソード。それが「第十二話 まさかの大事件」で再登場して、さらにプロデビューしていく流れはワクワクしますよ。
「作家になりたい人が多すぎる」、このタイトルの感じ方が1話と最終話で逆転してくるのもステキな構成。
文章も構成も上手い、そして何より作者さま自身の出版愛・小説愛が伝わってくる作品です。
大炎上プロジェクトを立て直した話をする。
大炎上プロジェクトを立て直した話をする。(輝井永澄) - カクヨム
「仕様書がある!」という歓喜の声に、俺はやり場のない怒りを覚えた。
66,199文字
中規模の開発会社が受注したソシャゲの開発プロジェクト。言うことがころころ変わるクライアント、仕事をしないディレクター、白紙の仕様書……3代目のリーダーになった主人公は、企画を上手く着地させることができるのか?
ゲーム開発の裏側がとてもリアルな雰囲気。前半は失敗と無能だらけで読んでて辛い……後半からは主人公が上手く動かしていき爽快感が。仕事を進める上でのテクニック集としても読んでて勉強になる。
最後の2話による締め方が好き。伊佐崎さんを敵にしたままじゃないのが大人の内容だし、ゲームと社員たちの結果がリアルすぎてやっぱり辛い。
連載中
現代ドラマは紙の本だと主流ですが、web小説の中では少数派でしょうか。