エアプについて少し考えてみた ~歴史小説って江戸時代エアプじゃね?~

プレイしてないゲームをドヤ顔で語ったり、動画を見ただけで分かった気になったり……でも、みんな意外とやってることだった!?

というわけで、今回は「エアプ」について考えてみます。

エアプとは

始めに「エアプ」という言葉について確認しておきます。これは「エアプレイヤー(air player)」または「エアプレイ」を縮めたもの。主にネット上のゲーム界隈で使われます。

エア=空気であり、たぶんエアーギターという遊びから出てきたんでしょう。これは「ギターがないのに、あたかもギターがあるように弾くこと」という芸。空気しかないのにギターを演奏してるっぽい動きをする。

ここから「プレイしたことがないのに、あたかもプレイしたことがあるように振る舞うこと」をエアプと呼ぶようになりました。言い換えれば「知ったかぶり」ですかね。

実体験が無いのにwikiなどの知識だけで分かった気になってる、動画を見ただけなのにゲームを語るなどがエアプ行為。

ネット上の各種掲示板・動画サイトなどで見られ実際に遊んだことがあるプレイヤーからは嫌われます。内容が間違ってることも多いですし。バレると恥ずかしい迷惑行為なので、やらない方が無難。

創作の分野では意外と普通!?

なぜエアプ行為をしてしまうのか? 自分の遊んだことのないゲームなのに、プレイしたように振る舞うって割と謎の行動のような気がするけど……

でも、ちょっと考えてみてください。歴史小説の作者って江戸時代エアプじゃないですか? 服装・食事・言葉・社会……色々と書かれてるけど作者に大昔の実体験があるわけない。調べただけの知識でそれっぽいこと書いている。

宇宙系の物語だって、今の時代だと宇宙に出たことある作者いないと思いますしねぇ。例えリアリティを重視した作品であったとしても宇宙飛行士以外の人は空想しているだけ。

他にも、殺人者が出てくるフィクションも多くあるけど作者は殺人エアプ。というか、エアプじゃないと大問題だけど(笑) きっとリアル殺人犯が内容を見たら「エアプが妄想で書いてんな~(笑)」とか思うじゃないでしょうか。

つまり「実体験が無く、調べただけの知識でそれっぽいことを書く」というのは創作の分野では意外と普通のことなんですよ。広い意味で考えればエアプと仕組みは似ている。みんな気になることについては調べただけの知識でも語りたくなっちゃう。

フィクションだと宣言すれば許される

だから問題になるのは

・実体験がある振りをする

・書いてる人が正しい知識だと思い込んでいる

って部分。

歴史小説だと、作者が「私は実際に江戸時代を体験した!」とは言いません(笑) 調べただけの知識、としっかり説明している。

また「これが正しく史実通りの過去の江戸だ!」とも言いませんよね。歴史資料ではなく娯楽小説である・この物語はフィクションです、的なことを注意書きしてある。

なので、ゲームのエアプについても「私はこのゲームをプレイしたことがありません。また、書かれている内容はフィクションです」という注意書きがあれば形式としてはOKなのでは? そんな内容の文章が面白いかどうかは別の話ですが……

 

他にも色々と考えてみてます!

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